大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)114号 判決

原告

伊波富次郎

右訴訟代理人

新長巌

右訴訟復代理人

浜野英夫

被告

三ツ星刄物株式会社

被告

東洋食器株式会社

右被告両名訴訟代理人

平塚量三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告代理人は「昭和三一年審判第五七二号事件について、特許庁が昭和三五年九月一九日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、登録第四一七、四九〇号実用新案(名称「洋食用ナイフ」、昭和二七年七月二四日登録出願、昭和二九年九月一〇日登録)の実用新案権者であるが、被告両名は、昭和三一年一一月五日原告を被請求人として特許庁に右実用新案無効審判を請求した(昭和三一年審判第五七二号)。これに対し特許庁は、昭和三五年九月一九日右実用新案の登録を無効とする旨の審決をなし、その審決書の謄本は、同月二八日原告に送達された。

二、右審決の理由とするところは、結局、前記登録第四一七、四九〇号実用新案(以下本件実用新案という)の真の考案者は訴外ジエームス・ヤコブ・ベーカー(以下ベーカーという。)であるが、少なくともベーカーを含む複数人であると認められるので、訴外伊波富次郎のみを考案者および出願人とし、考案者の中にベーカーを包含していない本件実用新案の登録出願は、真正の考案者またはその承継人を出願人としていないものであるから、旧実用新案法(大正一〇年法律九七号)第一条の規定に違反するものとしてその登録を無効とすべきものであるというにある。<以下省略>

理由

一、原告が昭和二七年七月二四日出願昭和二九年九月一〇日登録にかかる本件登録第四一七、四九〇号実用新案「洋食用ナイフ」の実用新案権者であること、特許庁における右実用新案の登録無効審判の手続経過および審決の要旨が原告主張のとおりであることについては当事者間に争いがない。

二、成立に争のない甲第二号証(本件実用新案の出願公告公報掲載の説明書)によれば、本件実用新案は原告の考案にかかるものとして原告によつて登録の出願がなされたものであり、その考案の要旨は、「刄部1と長大な柄部2とよりなり、この柄部の腹面前部に緩い湾曲凹入部3を中部に緩い湾曲膨出部4を形成し背面全体に互る緩い湾曲膨出部5と後端にそぎ落部6とを形成し又適当幅を有せしめて断面は腹面を弧状7とし背面を留平面状8としてなる洋食ナイフの構造」(別紙図面参照)にあるものと認められる。

三、そこで、本件実用新案の真の考案者が何人であるについて審究するに、<証拠―省略>を総合すると、本件実用新案における洋食用ナイフの考案は、審決の認定しているように、少なくとも原告のみによつてなされたものでないことが認められる。すなわち

(一) 乙第二号証は、その記載に徴し、昭和二八年六月九日株式会社ベーカー商会と日本刀剣産業株式会社(乙第二号証に「The Japan Sword Co., Ltd.」とあるのは日本刀剣産業株式会社を指称するものであることは弁論の全趣旨によつて明らかである。)との間に作成せられたステーキナイフの売買契約書であり、ジエームス・ジエー・ベーカーおよび原告がそれぞれ右両会社を代表するものとして署名ないしは署名押印していることが認められ〔同契約書の本文および署名には伊波白水(Hakusui Inami)とあるが、白水が原告富次郎を指称するものであることは原告本人の供述(一部)によつて明らかである。〕、右契約書には英文で「1、日本刀剣産業株式会社は株式会社ベーカー商会のために本日以前に契約されたものと同型同質で伊波白水の署名入りのステーキナイフを製造する。2、株式会社ベーカー商会は日本におけるこの型式のナイフの考案者であるから(As Baecker & Co., Ltd. were the designers of this style knife in Japan)日本刀剣産業株式会社は自らまたはその下請業者により株式会社ベーカー商会のためにのみこのナイフを製造することができ、自社または他の個人もしくは商社のためにこのナイフを製造することができない。」との趣旨の記載があることが認められる。そして、右契約条項にいう「この型式のナイフ」が甲第二号証の説明書および図面に示されている本件実用新案の構造またはこれと均等の構造を有する洋食用ナイフを指すものであることは、(証拠―省略)を総合してこれを認めることができる。なお、前記契約条項中には、株式会社ベーカー商会が考案者として記載されているけれども、会社その他の法人がそれ自体として考案者たり得ないことは明らがであるばかりでなく、高村証人の証言によれば、株式会社ベーカー商会が設立されたのは昭和二八年であり、それ以前はベーカーが個人でベーカー商会なる名称のもとに、商品の輸出入・在日アメリカ軍PX関係の商品取引等を行なつていたものであることが認められ、一方当事者間に争いのない本件実用新案の登録出願日が昭和二七年七月二四日であることに徴し、その考案が同日以前に完成していたことは明らかであるから、前記契約条項において株式会社ベーカー商会を考案者として表示しているのは、株式会社ベーカー商会自体を本件実用新案の考案をした者とする趣旨と解することはできないが、同時にまた、原告のみを考案者としているものでないことも明らかである。そして、証人(省略)の証言(第二回、一部)によれば、原告も乙第二号証の契約書の文言上原告のみが考案者である趣旨に記載されていないことを了解のうえで同契約書に署名押印したものであることが認められる。

甲第三号の二には、原告が乙第二号証の契約書に署名したのは、ベーカーからアメリカでこのステーキナイフを売り捌くのに自分の考案した品であるという方が売りやすいからそういう形にしておいてほしいと頼まれたためである旨の証人(省略)の供述記載があり、同人は本件の証人としても、原告が右契約書に署名した理由の一つとして右の事情が存在した旨供述しているが、乙第二号証には前記契約条項の外に同日成立した株式会社ベーカー商会と日本刀剣産業株式会社間のステーキナイフ五千個の売買契約に関する単価その他の取引条件が記載されていることが認められ、このような契約書は通常これを販売先に示したりすることの考えられない書類であるし、またベーカー(契約条項中にいう株式会社ベーカー商会がベーカー個人を意味するものと解するとして)が考案者であるということにした方が何故右商品の売捌きに便宜であるのか理解しがたいところである。さらにまた、(省略)証人の証言(第二回)中の「原告が前記契約書に署名したのは一つには、ベーカーの方から、「考案者については『デザイナーズ』(designers)となつていて、原告もこれでカバーされているから」という話があつたからである旨の供述部分によつてみても原告のみが考案者であるのをことさら株式会社ベーカー商会を考案者と記載したものとすることは到底首肯しがたいところといわねばならない。

(二)  そして、(証拠―省略)を合わせ考えると、ベーカーは個人経営当時、在日アメリカ軍PXにステーキナイフを納入することにつきその内諾を得、昭和二七年春頃かねてベーカーが外国から取り寄せて持つていたカタログを参考にして製作せしむべきナイフの一応の型を定め、金属食器製造販売業者である中沢万次郎に試作を依頼したこと、この交渉はベーカー商会の顧問ないしは支配人格としてその業務に従事していた高村進平が主として担当したが、その交渉の過程において中沢の意見をも採り入れてナイフの型に修正を加え、中沢はその型に従つて試作品を作つたこと、しかしベーカー商会側ではその出来具合に不満があるとして、中沢に対して製造の注文をせず、中沢の作つた試作品を見本として同年四月頃美登利金属工業株式会社に試作を依頼したこと、同会社は右の見本に従つて柄部の試作品を作つたが、同会社の内部事情のため結局ナイフの製造は引き受けなかつたこと、当時、ベーカー商会は、日本刀剣産業株式会社に対しても前記ナイフの製作についての交渉をしていたが、同会社との交渉はベーカー自身がこれに当り、その交渉に際しベーカーは右会社の代表者である原告に対しても、中沢万次郎が作つた前記試作品を見本として示したこと、そして、右会社の試作品が優秀なものであつたので、結局同会社に製作を依頼し、その製作品を同年秋頃在日アメリカ軍PXへ納入したことが認められる。さらにまた、<証拠―省略>を総合すると、乙第五号証の写真に示されている三種の栓抜のうち二種は、美登利金属工業株式会社が中沢の試作したステーキ用ナイフの見本によつて柄部を作つたものであることが認められると同時に、右栓抜の柄部は背面および腹面に湾曲膨出部、腹面前部に湾曲凹入部、後端にそぎ落ち部が設けられていることが認められ、またその断面の形状は知り得ないけれども、横幅の比較的広いものであることは右柄部の陰影からこれを推測することができる。したがつて、ベーカーが原告にステーキナイフの見本として示したものの柄部も大体右と同様のものであつたことが推認されるのである。

(三) 以上(一)・(二)の事実を総合すれば本件実用新案の考案要旨をなすところのナイフの構造(その考案要旨が主として柄部の構造に存することは前記二の認定によつて明らかである。)は、原告がベーカーから前記ステーキナイフの製作について交渉を受けた当時すでに考案せられていたものか、或は原告の考案が加わつた部分があるとしても、それは前記考案要旨の一部にすぎないものと認めるのが相当である。

(四)  原告は、前記ステーキナイフを製作するに当り、刄部に鎬をつけ、柄部の構造にフエンシング刀の柄の特徴をとり入れ、持ちやすく且つ切味をよくするようにしたのであり、これらは原告の創意工夫にかかるものである旨主張しており、甲第三号証の二(省略)証人および原告本人の供述の各一部を総合すれば、日本刀剣産業株式会社の試作および製造したステーキナイフには、刄部に鎬をつけ、また刀身にいわゆる「ふくら」をつける(刄の線に丸味を帯びさせ下向きにする)ようにしたものであり、この点原告の考案にかかるものであることが認められる。しかしながら、刄部の形状・構造の点は本件実用新案の考案要旨に含まれていないことは前記考案要旨の認定からして明らかであるから、よしんば原告において右の点に重要な意味があるものと考えていたにしても、右の事実の存在することをもつて本件実用新案の考案要旨に原告の考案が加えられているものと認めるべき根拠とするわけにはいかない。次に、フエンシング刀の柄部の特徴をどのように前記ステーキナイフの柄部の構造にとり入れたかの点については、この点に関する甲第三号証の二・(省略)証人の証言(原告本人の供述はこの点に全然触れていない。)と検甲第三・第四号証とを対照してみても、これを明確に認定するに足りないし、仮に右の点に原告の考案の加わつた部分があるとしても、本件実用新案の考案が原告のみによつてなされたものと認め得べきほど主要なものとは到底考えられない。そして、他に以上の認定をくつがえし、本件実用新案が原告の単独考案にかかるものと認定するに足る措信すべき証拠はない。

四、以上説明のとおりであるから、本件実用新案の真の考案者がベーカー個人であるか、或は原告およびベーカーら複数人であるかは暫くとして、少なくとも原告単独の考案にかかるものではないと認めるべきである。したがつて、原告単独の考案にかかるものとして原告のみによつてなされた本件実用新案の登録出願は、其の考案者または登録を受ける権利の承継人でない者によつてなされたというべきであり、その登録は旧実用新案法第一条の規定に違反して与えられたものであることに帰するので、同法第一六条第一項第一号によつて無効とせられるべきものといわねばならない。それゆえ、これと同趣旨の本件審決にはなんら判断を誤つた違法はなく、右審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官多田貞治 裁判官吉井参也は病気につき署名押印することができない。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例